le ciel clair   

毎日は 小さな奇跡の連続です

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Posted by Yuko Furukawa on

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『無私の日本人』 

Posted by Yuko Furukawa on





現実社会を生きていると

時には誤解されたり不当な扱いを受けたり

誠実であることが虚しくなることもあります。

そんな中でも

信念を貫き 東北の宿場町を救った無名の英雄が、かつて日本にいました。


映画 「殿 利息でござる

この映画は磯田道史さんが古文書から書き起こした「無私の日本人」という物語で

江戸時代に本当にあったお話です。

貧しさの為に潰れそうになっている宮城の吉岡という宿場町を救うため立ち上がり

仙台藩に千両の金を貸し付け、

その利子を住民に配る仕組みを考え実行した9人の無名の町人は

評価を求めず 子々孫々までつつしみの掟を守り生きたのです。

それを当時の僧侶が書きとめ国恩記という書物に記したもの。



観る者の価値観や生き方にまで

影響を与えてくれる映画&本だと思います。


お話の中でも重要な礎にもなっている陽明学や

備前生まれの無名の学者 関一楽が書いた

「人々が善を行えば天道に叶い冥加がある」 という『冥加訓』も

とても興味深く、本来の生きるための学びについて考えさせられます。

この世の中の濁ったものを少しでも清らかなものに浄化させようと

誰からの評価も求めず名を残さず精一杯生き抜いた人々。

日本の心

今の日本を支えている確かな日本の良心がここにあるのです。









著者の磯田道史氏は、「自分の住む吉岡には、こんな話が伝わっている」と手紙を受け

その後、古文書や資料を読みながら涙を流しこの物語を書き始めたのだそうです。

その磯田氏の本のあとがきにも心打たれます。

以下 あとがきより・・・



いま東アジアを席巻しているものは、自他を峻別し、

他人と競争する社会経済のあり方である。

競争の厳しさとひきかえに「経済成長」を

やりたい人々の生き方を否定するつもりはない。

彼らにもその権利はある。


しかし、わたしには、どこかしらそれには入っていけない思いがある。

「そこに、ほんとうに、人の幸せがあるのですか」という、立ち止まりが

心のなかにあって、どうしても入ってゆけない。

この国には、それとはもっとちがった深い哲学がある。

しかも、無名のふつうの江戸人に、その哲学が宿っていた。

それがこの国に数々の奇跡をおこした。

この国にとってこわいのは、隣よりも貧しくなることではない。

ほんとうにこわいのは、本来、日本人がもっているこのきちんとした

確信が失われることである。

地球上のどこよりも、落とした財布がきちんと戻ってくるこの国。

ほんの小さなことのように思えるが、

こういうことがGDPの競争よりも、

なによりも大切なことではないかと思う。


・・・ (途中略) ・・・


穀田家十三郎たち、中根東里、太田垣蓮月

この江戸人たちがたどりついた哲学は奥深い。

彼らの生きざまを「清らかすぎて」などとは思わなかった。


・・・・・・・・・


ほんとうに大きな人間というのは、世間的に偉くならずとも金を儲けずとも、

ほんの少しでもいい、濁ったものを清らかなほうにかえる浄化の力を

宿らせた人である。この国の歴史のなかで、わたしは、そういう大きな人間を

たしかに目撃した。その確信をもって、わたしは、この本を書いた。


☆ あとがき 全文はこちら


「殿 利息でござる」


既にDVDも出ています。

少しでも多くの方に 見ていただきたい映画&小説です。



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すべての人々を礼拝合掌する

Posted by Yuko Furukawa on

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何を見ても聞いても涙が溢れるよな

そんな日、わたしを救ってくれた 谷口雅春さんの言葉。



すべての人々を礼拝合掌する


今日、あなたは神の愛に満たされているのである。

だからすべての人間と事件とを愛の眼光をもって観るのである。

だからあなたは人を決して悪しく見ることもなく、

人を憎むことも、そしることも、疑うことも不安に見ることもないのである。

あなたは、何が善、何が悪の標準をもっては

人々を批判することをしないのである。

ただすべての人々に神が宿っていることを観て

常に合掌礼拝するのである。

凡ゆる人はそれぞれ自由であって完全であるから、

合掌礼拝するとき、その完全さがあらわれる。


                          谷口雅春 「幸福を招く365章」より



君の名は。

Posted by Yuko Furukawa on

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映画「君の名は。」を観ました。ストーリー云々より

詩のように 大自然のように  "感じる" 映画で

朝、目覚めた時 夢の中で起こったことはすべて覚えていないのに

ふとした瞬間に思い出したり 懐かしい気持ちだったり 

愛おしかったり 

理屈も次元も時間も、とび超えた 無意識の中の  

それぞれの記憶の扉をノックしてくれるような

そんな世界をめちゃめちゃ透き通った映像で魅せられた感じ。

.

「より集まって形を作り 捻じれ 絡まって、時には戻って 

 途切れ、それが組紐 それが結び それが、時間」

  というフレーズがこの映画を象徴しているよう。

.

古から大切な想いや言葉が「今」を「命」を結び

天の恵みに感謝し、自然と神を敬いともに暮していた わたしたちは現在

お祭りや神事をイベントのように理解し

いつしかその本質を見失いそうになっている。

映画の中で伝統の神事の場面、

縁日とXデーの場面への対比がそれを象徴しているようにも思えました。

精進潔斎し褻(ケ)から晴れへ、終るとまた晴れから褻に戻る。

自然の中の巨岩や木々 神聖なる山

ただの通行道と捉えるか

地球の息吹を風を感じながら歩くか。

からだと心が本質的に求めている

欲や勘定を越えたもの

それは全部自分の中に、しまいこまれている。

人は自分の中にないものは感じられないから。

常識や意識の下で眠っている自分の感性や魂の記憶

感じていながらも

まだ言葉に置き換えられずにいるものを

湧き起こしてくれる希望のような

そんな映画のように思いました。

楽々 Bluetoothのキーボード♡

Posted by Yuko Furukawa on

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友人に教えてもらった携帯用Bluetoothのキーボード(ミニ)

煩わしかったスマートフォンでの長文入力も

こちらでは確実に早く打つことが出来て便利♪

普通のキーボードよりは小さいけど全然ー無問題よ。






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しかも折りたたみ出来るのでコンパクト!

持ち運ぶのも軽量だと助かりますね。(こちらは180g)

旅先や

荷物を最低限にしたい方にも、これは嬉しい♪






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なんてったって

単行本より小さいずなのが 嬉しい。

ありがとうございます♡




Bluetooth対応のタブレットであれば大抵のものに使えるみたいです。




甘露の法雨  ①

Posted by Yuko Furukawa on

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                                              京都 建仁寺 甘露庭の甘茶


過日、今は亡き小母様の家のものを業者さんが

廃棄処分するということで 立ち会っていた時

なんとなく開けた箪笥の引き出しに入っていた

「甘露の法雨」

パラパラめくると哲学的な詩のような

美しく壮大なメッセージが記されている。

これは処分してはいけないでしょー。

近くにいた友人に「これ何だろう?」と聞いたら

「宗教っぽいね」と一言。

確かに、昭和6年・・神示とある。



わたしは禅の世界も、聖書も好きだし 

家には神棚もご先祖様も祀って在る。

物心つく前から 

節目節目にお宮参りに行き

お寺に行き、お墓参りしてきたけど

そのルーツだったり

いにしえから残っている有り難い教えを

ただ純粋に見たり聴いたりして

自分なりに解釈したいのでする。


団体ってなると

それぞれの受取り方や方針の違いで

全く別のカタチになってしまうこともある

けれどそれと

もともとの想いや思想とは また別物だと思うから。



ただただ ボーダレスに

宇宙から目線で見ていたいな。




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汝(なんじ)ら天地一切のものと和解せよ。

天地一切のものと和解が成立するとき

天地一切のものは汝の味方である。

天地一切のものが汝の味方となるとき

天地の万物何物も汝を害することはできぬ。




汝が何者かに傷つけられたり、黴菌や悪霊に犯されたりするのは

汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ。




われ嘗(かつ)て神の祭壇の前に供え物を献(ささ)ぐるとき

先ず汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意味である。

汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。

神に感謝しても父母に感謝しえない者は神の心にかなわぬ。

天地万物と和解せよとは 天地万物に感謝せよとの意味である。

本当の和解は互いに怺え合ったり、我慢し合ったりするのでは得られぬ。




怺(こら)えたり我慢しているのでは心の奥底で和解していぬ。

感謝し合ったとき本当の和解が成立する。

神に感謝しても天地万物に感謝せぬものは天地万物と和解が成立せぬ。

争いの念波は神の救いの念波を能(よ)う受けぬ。

皇恩に感謝せよ。汝の父母に感謝せよ。

汝の夫又は妻に感謝せよ。汝の召使に感謝せよ。

一切の人々に感謝せよ。

天地の万物(すべてのもの)に感謝せよ。

その感謝の念の中(うち)にこそ汝はわが姿を見、わが救いを受けるであろう。

われは全ての総てであるからすべてと和解したものの中にのみわれはいる。

われは此処(ここ)に見よ、彼処(かしこ)に見よと云うが如くにはいないのである。

だからわれは霊媒には憑(かか)らぬ。

神を霊媒に招(よ)んでみて神が来ると思ってはならぬ。

われを招(よ)ばんとすれば天地すべてのものと和解してわれを招(よ)べ。

われは愛であるから

汝(なんじ)が天地すべてのものと和解したとき其処にわれは顕(あらわ)れる。

                                  
昭和六年九月二十六日夜神示
                                             
                           (谷口雅春 甘露の法雨より)


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これは、小母様からの伝言なのかもしれない♪








※甘露の法雨とは・・・

観音経の中に、観世音菩薩が「甘露の法雨(かんろのほうう)をそそぎ給いて
煩悩の炎を滅除し給う」と書かれてある。
「甘露の法雨」と言っても、物質の雨ではなく、「法雨」即ち「真理の雨」



                                   
甘露の法雨 ②  


甘露の法雨   ②

Posted by Yuko Furukawa on

 
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『心』はすべての造り主

『心』は宇宙に満つる実質

『心』こそ『全能』の神にして遍在したまう


この全能なる神 完全なる神の

『心』動き出でてコトバとなれば

一切の現象展開して万物成る

万物はこれ神の心

万物はこれ神のコトバ

すべてはこれ霊

すべてはこれ心




物質にて成るもの一つもなし

物質はただ心の影

影を見て実在と見るものはこれ迷

汝ら心して迷に捉わるること勿れ


汝ら『実在』は永遠にして滅ぶることなし

『迷』は須臾(しゅゆ)にして忽(たちま)ち破摧す

『実在』は自在にして苦悩なし

『迷』は捉われの相にして苦患多し




『実在』は真理

『迷』は仮相

実在は五官を超越し

第六感さえも超越して

人々の感覚に映ずることなし





(  谷口雅春   聖経 「甘露の法雨」  より )


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